LOGIN時は少し遡り、場面はミーナとイフリークの国民達に変わる。
現在、彼女らはティラーデザートとは別の場所で窮地に立たされていた。 大量の悪魔達が周囲を取り囲み、エミルと騎士団の人達が応戦している。 それを何もできないまま只々見ているだけのミーナとイフリークの国民達。 国民の中には、騎士達が守らず心臓を取られてしまう者もいた。 何故、この様な事になったのか。どうしてティラーデザートから離れた場所にいるのか。 現在に至るまで更に30分程、時間を遡る。 シルフを目指し、猛暑の中を歩き続けるイフリークの国民達は途中で大きなクレーターを発見した。 「何だ、この大きなクレーターは。隕石でも落ちたのか?」 「さあ?確かに人間にこんな事出来るわけないよな。」 ここはちょうどグレンとカイルがレヴィアタンと戦っていた場所だった。 ここまで来るのにかなりの時間はかかったが、あと少しでシルフに着くとこの段階では殆どの人がそう思っていた。 すると1人の騎士が何かに気づいた。 「おい、あのクレーターの真ん中に誰かいるぞ?」 1人の騎士がそう言ってクレーターの中を覗き込むと、そこには灰色の薄汚れたターバンを全身に覆い被った人がいた。 「こんなところに人?声かけてみるか?」 「いや、迂闊に近寄るのは危険だ。俺が近くまで行ってみる。」 そう言って1人の騎士がクレーターによって出来た砂の坂をお尻で滑りながら降りた。 下まで降りても灰色のターバンの人はこちらを振り向かない。 それどころか、こちらに気づいていない様だ。 「あなたは何者だ?そこで何をされているんですか?」 すると灰色のターバンを着た人は灰色のターバンから顔を出した。 どうやら座り込んでいたらしく、その場で立ち上がったが軽く200cmは超えている。 その大柄な体に髪は茶髪。旅人なのか大きなリュックに道具などがギッシリ詰め込まれている。 鋭い目でこちらを睨んでいるのか分からないが、こちらをじっと見つめてくる。 正直気味が悪かった。 そしてある程度の間が空くと大柄な男が口を開き、何かくると思った騎士は少し身を引いた。 「…スゥ…ハァー…。」 口を開いた男は何か言うのかと思えばただ深呼吸しただけで何も言わない。 何だ、この男は? 目の前にいる大柄な男はただ見つめるだけで何も言おうとしない。 顔もどちらかといえば爬虫類顔であり、正直気持ちが悪いと騎士の人は思った。 しばらく待ってても何も言わない男に騎士は話しかけた。 「俺たちはイフリークの騎士なのだが、ここでなにしている?このクレーターは何だ?お前がやったのか?」 少しキツめの言い方で問う騎士の人。 すると、男はようやく小さな声で答えた。 「…寝て…た。…ふあー……。」 目の前で大きなあくびをする大柄な男。あくびをして眠気が覚めたのか、そのまま言葉を続けた。 「いやー、これくらいの気温がちょうど良くてな。ついウトウトしてたら知らねー間に寝てたわ!」 大柄な男はさっきとは違って満面の笑顔で返事を返した。 この猛暑の中で眠る事が出来るといった化け物に対して気味が悪く感じ、警戒を強くする。 すると大柄な男は荷物を大きな鞄に詰め込み、灰色のターバンを体に纏った。 そして、直径500mの高さ100mあるクレーターを軽くジャンプしただけで飛び越えてイフリークの国民の所まで飛んだ。 国民たちは大柄な男のありえない身体能力に驚いたのか周りの人たちはざわめき始める。 男はそのまま何かを探すかのように国民の人たちを順番に見渡した。 「あんた、何してるんだ?誰かを探してるのか?」 1人の騎士が聞いても大男は反応せず周りを見渡し続ける。 そして、ミーナとエミル目が合うと大男は見渡すのをやめて2人を凝視しながらニヤリと口を開く。 「…悪魔祓い(デビルブレイカー)…」 「えっ?」 「…いや、何でもない。見ての通り俺は通りすがりの放浪者なんだが、それと同時に探してるものがある。その探してるものなんだが、 …悪魔祓いっていうのを聞いていたりしないか?」 その瞬間、大柄な男の周りの空気が変わる。 これは今まで出会った悪魔達と同じ不気味な空気。 それにいち早く気づいたのはミーナとエミルだった。 「悪魔祓い…ですか?確かあの金髪のお嬢ちゃんと一緒にいた…」 騎士団の1人が答えようとするとエミルは咄嗟にその人の口を手で押さえ、そのままうつ伏せになる様に押し倒した。 「ンー!…ンーー!!」 「お、おい!何してやがる盗賊の女!ついに本性を現したな!?」 口を押さえられたまま押し倒され、身動きが取れず必死に抵抗しようとする。 しかし、エミルは一向に離れようとしない。 「このアマ!さっさと退けろ!そろそろ俺たち本気で怒るぞ!?」 「……」 「こいつ…おい、早くこいつを助けてやれ!あの女を退かせろ!」 1人の騎士団の命令で他の騎士達がエミルを退かせようとする。 何故こんな事をしてるのか?傍から見るとものすごく無意味な事をやっている様にしか思えない。 しかし、この無意味な行動がエミルの狙いでもあった。 その理由は この大柄な男に情報をベラベラと渡すのは危険。それを口にした時に何が起きるか分からない。 だからエミルはみんなの注意を自分に向けさせ、情報を与えない様にする為の囮に自ら買って出たのだ。 その事に気付いていたのはミーナとエバルフ、カレン、そしてこの中で一番人を見る能力のあるイフリーク王だった。 エミルの行動に気付いた王は男の前に出て、エミルの行動を無駄にしない様に話しかけた。 「すまないな、我々は数日前に国が壊滅してしまってな。みんな心が荒んでいるんだ…許してやってはくれんかな?」 「…あぁ、そうだったか。あんたは?」 「私はイフリークの国王…いや、今は元国王だな。我々は一刻も早くこの砂漠から抜け出してシルフを目指さなければならないんだ。私にはこの者達を守らなければならない義務があるのでな…すまない、今は先を急ぐのでこれで失礼させてもらわせるぞ。」 イフリーク王がそう言うと大柄な男は急に真顔になり、イフリーク王を冷たい目で見下した。 「あんたって、隠し事するの下手なんだな。」 「えっ?」 そう男が言った瞬間、イフリーク王の背中が男の拳で貫通した。 そしてその背中から大量の血しぶきが飛び散る。 周りの人達は何が起きたのか…突然の出来事に理解が追いつかないまま倒れたイフリーク王の屍を見つめ続けた。 「えっ…今何が…起きたの?」 「イフリーク王が…倒れたまま動かない。…え、これってもしかして…死んじゃったの?」 段々と状況を理解していく周りの人たちに大柄な男は返答した。 「ああ、死んだ。そして、次はお前らも死ぬ番。」 男が言い終わったと同時に周りの人たちの叫び声が響き渡る。 最悪な状況だ。 まさかこんな立て続けに不幸な事が起こるなんて誰も思いもしなかっただろう。 しかも今回は最も殺されてはならない人が殺されてしまった。 国民の怒りを鎮め、長年の生によって得た人の心の奥を見透かせる力を持つイフリーク王。 このかけがえのない人物の死は人の心を簡単に絶望させる要因となるのだ。 大柄な男は自分の拳で貫いたイフリーク王の体をぶら下げたまま言った。 「いいぞいいぞ…もっと叫べ!この男の死がこんなにも影響力を与えるとはな。」 見ると、騎士団の人たちが国民達を鎮めようとするが全く耳を傾けようとしなかった。 「人間は本当に脆くて弱い存在だ。力もなければ心も弱い。こんな奴ら、生きてて楽しいのか?」 大柄な男は周りの人たちの取り乱し様を見て溜息を吐いた。 グサッ! 「…え?」 突然、大柄の男の背中から腹部にかけて剣が貫かれていた。 それは、先程まで無意味な行動を取っていたエミルの剣だった。 エミルは周りの混乱に動じて隠れながら大柄な男の背後まで移動していたのだ。 「残念な男ね…いや、あんたは悪魔か。」 「ほう、俺の存在に気づいていたのか?あの無意味な行動もお前の計算の内か?」 「そうよ、私も嘘つくのは苦手だけどあんたはそれ以上にバレバレだったわ。あんたの三文芝居は。」 そう言ってエミルは剣を抜くと男の右肩から左の腰にかけて切り裂いた。 男は上半身と下半身に分断された状態でその場に倒れた。 しかし、 「クックック…残念だったな、女。」 分断されたはずの男は死なずに、倒れたまま口を開いた。 「俺はこの程度では死なんぞ!貴様らには更なる地獄を見せてやる!」 そう言うと男は上半身に残った左手から謎の灰色の球体を出した。 そして、球体は徐々に広がっていくとその場にいる全員がその球体に飲み込まれてしまった。 灰色の球体に飲み込まれたミーナとエミル達は気がつくとどこかの荒地に立っていた。 「ここはどこですか?さっきまで砂漠にいたのに。」 「全員無事か!?」 エバルフが周りを確認すると、人はいるが誰も返事を返そうとしない。 色んなことが立て続けに起こり、この状況の事なんて気にもとめていなかったのだ。 「クックック…全員、ここに飛ばされてるな?」 先程エミルに分断された男はどういうわけか元の状態で何も無い所から現れた。 「まさか!?何で生きてる!?」 「何でって?そらお前、俺は人間じゃないからだ。俺はキュアリーハートから来た獄魔(デーモン)、ジェイスだ。見ろ、あれは俺たちの故郷のキュアリーハートだ」 獄魔、それは以前エバルフとグレンが戦った時にエバルフを洗脳し、悪魔化にさせようとした普通の悪魔より上級の存在。 そして、大柄な男の状態であるジェイスが指差す東の方には巨大な暗雲が円状に包み込んだ国、キュアリーハートがあった。 どうやらイフリークとシルフの間の砂漠にいたミーナ達はジェイスの灰色の球体によってキュアリーハートより西の荒地まで移動させられていたのだ。 「クックック。ここに飛ばした理由が分かるか?ここは"悪魔達の巣"でもあるキュアリーハート。いざとなれば誰も見たことの無い様な悪魔の大群を数分で呼ぶ事だってできる!どう足掻いてもお前らに勝ち目はねえ!」 「何だと…お前の目的は何だ?何が目的なんだ!?」 エバルフがジェイスに聞く。 「目的ねぇ。俺はただ上からの命令で動いてるだけだ。本当はここに悪魔祓いがいれば良かったんだけど居ねえからな。それに、お前らの主力である騎士団団長と1~9番の騎士長が居ないじゃん。丁度いいから暇つぶしに"人間掃除"でもやろっかなと思ってさ。」 人間掃除。そんな事を平気で言えるのはジェイスに限らず悪魔なら当たり前なんだろう。 「人間掃除…か、果たして掃除されるのはどっちかな?」 「何ぃ……なっ。」 ジェイスは気づいた。 自分の周りに巨大な氷の槍が無数に取り囲んでいる事に。 そして、その氷の槍は一斉にジェイスに襲いかかった。 ジェイスは大量の巨大な氷の槍によって埋め尽くされた。 しかし、ジェイスは悪魔独特の黒い魔力を大量に放出する事で周りの氷の槍を砕いて吹っ飛ばした。 「またあの女か!こんな魔法で俺がやられる訳…」 ジェイスは戦闘態勢に入り、エミルがいる位置を目で確認する。 するとエミルは既にジェイスの間近に接近し、胴体を居合斬りする構えを取っていた。 そのまま居合斬りが決まり、ジェイスの体は腹部を水平に分断され、ジェイスの上半身は下半身から離れた。 「あなたが悪魔なら、弱い魔法なんて必要ない。初めから全力で仕留める!」 そして、エミルは掌をジェイスの離れた上半身に向け、そのまま上半身を水球にして取り囲む。 取り囲み、掌を握りしめると水球は圧縮され、ジェイスの上半身は水圧によって押しつぶされる。 圧縮された水球は次の瞬間、ジェイスの上半身と共に破裂し辺りに飛び散った。 「意外に呆気なかったわね。悪魔の中でも弱かったみたいね。」 「ーそうだと良いんだけどね。」 するとエミルの背後から仕留めたはずのジェイスの声が聞こえ、とっさに振り返るが後ろから羽交い締めをされ、動きを封じられた。 「くっ!…何で、さっき殺したはず…」 「クックック!人間や普通の悪魔なら死んでたけど俺は違ったようだな。さあ、このまま絞め殺してやるぜ!」 ボキッボキキキッ! 「うっ!!あ"あ"ぁぁ!!」 ジェイスはそのまま締め付ける力を強めていき、エミルにとてつもない痛みが襲う。 しかし、エミルはすぐに自分の体を液体に変えてジェイスの羽交い締めから抜け出した。 「あ、この女抜け出し…」 エミルが抜け出し、その隙を見つけたエバルフはジェイスの首を跳ね、そのまま距離を取る。 「油断するな、団長の友人!獄魔は普通の悪魔と違って特殊な魔法を使う!」 「どうも。あんた詳しいのね。」 「まあな!以前そういう奴が居たからな!」 全身液体になったエミルはそのままエバルフの隣まで移動した。 「体は大丈夫なのか?」 「平気!ちょっと痛みはあるけど骨折は治ったわ!」 よく見るとエミルは水属性の回復魔法なのか羽交い締めを受けた時の骨折が治っていた。 「全騎士に命ずる!これからあの悪魔を12騎士長とこの女で討伐する!他の騎士達はイフリークの国民全員を守れ!」 エバルフがそう言うと騎士達は国民の前に立って国民達を守るように武器を構える。 「いいの?あんたじゃ私のサポートしか出来ないでしょ?」 「サポート役で結構だ!とにかく1人であの悪魔を相手にするのは無理だろ。それに…お前がやられたら団長に申し訳が立たないからな!」 エバルフは白い歯を見せる様にニッと口を横に広げてエミルに言った。 エミルはその事を聞いてあの時馬車が崩れて離れてしまった時のカイルの戦っている姿を一瞬だけ思い出した。 下を向きながらフッと笑いがこぼれ、そして顔を上げる。 「そうね。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ!私を全力でサポートして!そしてあいつを絶対に倒すわよ!」 「任せろ!」 そう言って2人は互いの拳をぶつけて意気投合した。 「何だかよく分からねえが、俺を放ったらかしにしてんじゃねぇよ。」 先程首を切られたジェイスは元に戻った状態で2人の目の前に立っていた。 「知った事じゃないわ。あんたは1人で私たちは2人と数十人の騎士達。あんたに勝ち目はないわ。」 「1人?何言ってんだ、お前は?俺がいつ1人なんて言った?この後ろには俺達悪魔の住処でもあるレッドヘルがあるんだぜ?当然仲間をいつでも呼べる状況だ、1人じゃねえ。それに…。」 するとジェイスの背後から2人の人影が見え、その2人がエミルとエバルフに急接近した。 2人は居合切りで急接近した者を切り裂き、切り裂かれた者は切られてその場に倒れた。 「思わず切ってしまったが何だったんだ?」 2人はその場に倒れた者を見下ろす形で見てみたが、見てみると2人は驚いて距離をとった。 「何で?何であんたがあと2人もここにいるの!?」 その場で切られたのは、目の前にいるジェイスであった。 その場で倒れたジェイスはよく見ると切られた部分を瞬時に再生させていた。 「なんだ、こいつら!?切られた部分が再生してるぞ!」 再生した2体のジェイスは再びエミルとエバルフに襲いかかる。 2人はジェイスの突進を軽くかわし、剣を横に振って上半身と下半身に分断した。 しかし、分断されたジェイスは再び再生するが今度は切られた上半身から新しい下半身、下半身から新しい上半身が再生され、合計4体のジェイスに増えた。 「なっ!?今度は増えたぞ!」 「無駄だ。俺に剣は通用しない。寧ろ強くなるだけだ。」 するとジェイスは自分の懐から小型のナイフを出すと、自分の片腕をそのナイフで切り落とした。 切った腕の部分は直ぐに再生し、切れ落ちた腕はグニャグニャと変形すると新しいジェイスの体に形作られ、再生した。 「俺は損傷した体を再生させる事は見て分かっただろう。だがそれともう一つ、自分の細胞を切り離す事で新たな"分身"を作り出すことが出来る!これは魔法じゃなく、俺自身の能力だからな。当然弱点なんかねえぜ!」 ジェイスは自分以外の分身4体と腕から再生した一体を合わせた5体の分身に向けて指を鳴らした。 すると5体の分身はほぼ同時に動き出し、エミルとエバルフに襲いかかる。 エミルとエバルフは再び剣で対抗しようとするが、先程見たように切ると分身が出来てしまう為、剣は振るわず防御に徹した。 しかし、相手の数が多くなったせいで防御に遅れたエバルフは一体の分身に剣を弾かれてしまう。 「…!?しまっ…」 剣を拾いに行こうとすると分身の拳がエバルフの顔面に入り、エバルフは後ろへ吹っ飛ばされる。 「終わりだ、やれ!分身!」 そして更に指をパチンと鳴らすと分身の腕は巨大な剣に変化し、その状態でエバルフの腹を突き刺そうとした。 「終わりだー。」 バチバチバチバチッ!!!! エバルフを襲おうとしたジェイスは突然現れた一筋の雷を受け、感電しながらその場で動かなくなった。 その雷の主は10騎士長のカレンだった。 「カレン!助かったぜ。」 「油断しないで!あれは一個体はたいした事ない筈だけど、複数で来られたら厄介だわ。要はあの分身を作らせなければ良いのよ。私の魔法なら可能よ!」 カレンは掌から雷を発生させて言う。 「こんな時は、こうするのよ!」 カレンは掌で作った雷の球体を上空に打ち上げた。 その雷の球体は上空で大きくなっていく。 「エミル!あの分身した悪魔を水魔法で囲んで!」 「えっ?…う、うん!分かった!」 エミルは名前で呼ばれた事にビックリしたが言われた通り、水の渦を発生させて分身したジェイスを取り込んだ。 取り込まれたジェイスの分身5体は水の中で悶え苦しむ中、カレンは呪文を唱えた。 「ー雷光、他を貫く矢となれ!」 すると上空で大きくなっていく雷の球体はそのまま見ず魔法で取り込んだ5体のジェイスに直撃した。 直撃した瞬間、水は一気に蒸発した事で水蒸気爆発が起こり、辺りに爆風が巻き起こる。 爆風が治ると、そこには黒焦げの状態で倒れた5体のジェイスがいた。 分身したジェイスは黒焦げになったせいで細胞が死滅したのか再生しなかった。 「な、何!?」 「驚いた?水は電気を良く通すからね。これであんたの再生能力も意味なくなったわね。」 カレンは勝ち誇った顔でジェイスに言い放った。 しかし、ジェイスはそれでも慌てる事なく逆に落ち着いた表情で懐から黒いオカリナを出した。 「意味がないのは貴様らだ人間。今からあのレッドヘルから大量の悪魔を呼び出す。それに、俺は確かに再生能力に特化した悪魔だがそれは魔法じゃねえ。」 するとジェイスは空間魔法で自分の頭上に穴を開けた。 「今から地獄を見せてやるよ。思い知れ…」 そしてジェイスは黒いオカリナを吹き始めた。 すると空間の穴から次々と悪魔が落ちてきた。 落ちてきた悪魔はその瞬間猛スピードで走り、国民達の方へ向かおうとした。 それに対してエミルは先読みしていたのか悪魔の行動より早く動いて対応する。 そして悪魔を見ず魔法で取り囲むとその水を凍らせてから足で踏みつけて粉々に砕いた。 エバルフとカレンも同じように悪魔達を剣で切りつけて倒していく。 「普通の悪魔なら、あんたと違って余裕で倒せるわ。」 「どうかな?」 ジェイスが再び指を鳴らすと、切られて倒れた悪魔は再生して立ち上がった。 「なっ!?まさか、他の悪魔まで再生を…」 「そうだ!俺の魔法は自分の再生能力を他の悪魔に付加させる事が出来る。さあ、お前ら死なねえから思う存分暴れろ!」 そして、時は現在に戻り悪魔による恐ろしい惨劇が始まった。 何度斬り倒しても再生と分裂繰り返す悪魔は徐々に数が増え、エミル達を圧倒していく。 増えた悪魔は他の騎士団達にも襲いかかる。 悪魔独特の鋭い爪で剣を難なく折り、切り裂いて殺していく。 あの時イフリークで起こった惨劇が再び起こってしまった。 これ以上の地獄をどう表現したら良いのか?これ以上、何に絶望したら良いんだ? 何故、何も出来ないまま死の恐怖を味わなければならないのか? この場にいて何も出来ずただ騎士団に守られながら見ている国民達とミーナ。 ー私は、何の為に旅に出たの?何の為にグレンと旅をしたの?私は…何も変わらないままこんなところで死ぬのを待つの? 私は…私は… ーあなたは、どうなりたいの? すると突然、どこからか女性の声が聞こえてきた。 振り返ってみてもその声は周りの人には聞こえていないみたいでどうやらミーナにしか聞こえていないらしい。 すると再び女性の声が聞こえた。 (初めまして、ミーナ。そなたとこうして対話できる日を心から待っておったぞ。) 独特の喋り方でミーナに話しかけてくる声にミーナは戸惑って声を出せていない。 (申し訳ない。妾に伝えたい事を念じてみよ。そうすれば、妾に思いが届く。) ーえっと、こういう風にですか? 普段使わないような事を言う為、理解するのに多少時間が掛かるミーナ。 そして、ミーナは言われたように心に念じながら聞きたい事を声の主に伝えた。 ーあなたは、何者ですか? (妾の名は…そうね、エルとでも名乗りましょう。妾はずっとそなたの中に潜んでいた。それで、妾の質問にはいつ答えてくれるのじゃ?) ー質問…ですか?それって、私がどうなりたいかって事ですか? (そうじゃ。そなたはあのグレンとかいう男と旅をして、どうなりたいのじゃ?何が目的で旅をしておるのじゃ?) エルは真剣な口調でミーナの心に問いかける。 私が、この旅でどうなりたいのか。 正直何も考えてなかった。 いや、勿論グレンの人格を戻す事が私の目標なのだけど、どうすれば戻るかなんて全く分からない。 結局、私は何がしたかったんだろう? 答えが出てこない。 ー今の私じゃ、答えが出てこない…けど、それを探す為に旅をしてるんだと思う。 (何をするか探す旅…なるほど、そなた自身気づいてないようだ。この旅でそなたがする事はもう決まっておる。いや、そなた自身でもう決められておる。これを見よ…) エルがそう言うとミーナの周囲は真っ白の空間に変わった。 「ここは…」 (ここはそなたの精神世界。ここでそなたの旅を始めたきっかけを見せてやろう。) すると真っ白な空間は徐々に変化していく。 「ここは、私の部屋?」 次に変化したのは、ミーナの部屋だった。 そして、その部屋のベッドでうずくまっているのは他でもない自分自身だ。 どうやらこの日はちょうどシェスカ達が学校で暴れてグレンに殺された日。 私は親友を二度も失い、自分の通って居た学校を悪魔に滅茶苦茶にされて絶望していた。 この日の私はずっと泣いていた。 泣いて気づいたら寝ていた。 この日はただ、泣いていた事しか覚えていない。 「これのどの部分に私がしなければならない事が分かるって言うの?」 (そなたはうるさい。黙って見てみるのじゃ) エルに言われてすぐに黙って見るミーナ。 しばらく見ていると目の前に映し出されているミーナは布団を被って眠ろうとしていた。 結局、私がどうなりたいのかなんて分からなかった。 そう思った時、ベットの中で何か声が聞こえる。 「全部……が悪いんだ。」 よく聞こえなかったが、次の瞬間それがハッキリした。 「全部、悪魔が悪いんだ…いつか必ず、私が…私が…排除してやる……」 映し出された私はそう言ってベットの中で眠ってしまった。 今の…私が言ったの? (そうじゃ。これはそなた自身が思っていた事を無意識に出してしまったのだろう。そなたは覚えていなくても、中にいた妾はよう覚えておる。他にもこんな事だってある。) そして再び白い世界が変わり、再びミーナが映し出される。 次は旅に出る当日に、母親に見送られながら走っていくミーナ。 母親は優しく手を振りながらミーナの走っていく後ろ姿を只々見つめ続けていた。 しかし、映し出されたミーナは今まで見せた事の無いような邪心に満ちた表情で。 「はぁ、はぁ、…排除する!…必ず私が、排除する!もう、誰も傷つかない為に…私が必ず!」 そう言って映し出されたミーナはそのままグレンの所へ走っていき、合流したのだ。 この事を本人であるミーナは全く覚えていない。 まるで別の人を見ているみたいな感覚だ。 (どうじゃ?そなたの本当の姿を見た感想は?) 「嘘よ…あんなの私じゃない。私は…あんな恐ろしい顔なんて出来ない…」 ミーナは体を震わせながら映し出された自分に対して否定を続ける。 (まだ認めぬか…そなたはまだ自分を偽るつもりか?) 「…!?偽ってなんか…」 (いい加減にしろ!) 突然エルは甲高い声で怒鳴り、ミーナは反射的に喋るのをやめた。 (良いか?いつまでも偽るでない。そなたは、本当は自分も戦いたいのじゃろ?) その一言にミーナは敏感に反応したが、エルはまだ続けた。 (そなたは旅を始めてから何度も自分の無力さに打ちひしがれている。自分の為に死んでいく人、何も出来ないまま戦いを見てるだけ。私はこの場ではただの足手まとい。そんな事が続き、旅をしても何も変わらない事にそなたは気づき始めた。) 「…何のために、旅をしているのか…。」 エルが言おうとした続きをミーナは続けて言う。 自分がずっと悩んでいた事。それを見通されたかの様に言われた為、ミーナは自然と口が開いたのだ。 ミーナは今までを振り返ってみた。 グレンに初めて会った時から現在まで、自分は守られて今ここに居るのだと。 ロフィスの時も、イフリークの時も、あの砂漠の馬車の出来事も、今ここで起こってる事も。 全部、守られて今を生きてる。 守られて、人が死んでいく。 そんな何も出来ない自分に、私は劣等感を抱いていた。 「私は…いつも守られていたから、いつまでも弱いままの自分が嫌だった…けど、戦いの場に居るだけで私は…足が震えて立たなくなる。本当に弱い、私は本当に何も出来ない。」 ミーナは頭を下げた状態で涙を流し、鼻水をすすりながら話を続けた。 「レヴィアタンの時だって…あんな、最低なことしか言わない奴に言いたい放題言われて何も出来なかった私が…本当に情けない!もう、弱いままの私は、嫌なのよ!」 ミーナは目から溢れ出る大量の涙を腕で拭い続ける。 (ようやく、素直になれたか。それがそなたの本音。では、そなたはこれからどうなりたいのじゃ?) 「私は…これから…。」 強くなりたい。 ミーナの頭からその言葉が浮かんできた。 「私は…強くなりたい。もう、誰かに守られて生き続けるのは嫌だ!今度は私が強くなって、みんなを守る!強くなりたい!その為には…。」 「そなたの気持ちはよく分かった。やっと本心を伝えることが出来たの。」 するとさっきまでミーナの心に話しかけていたエルが目の前に現れた。 ミーナは驚いたが、一番驚いた所は見た目が自分に似ていたからだ。 金髪の長い髪に幼い顔つき。上はオレンジ色の服に膝下くらいの白色のスカートと茶色いブーツ。 何から何までそっくりだった。 「私の…姿。」 「そうじゃ。妾はそなたの姿でしか活動できないのじゃ、今はな。それよりもミーナ。本心を伝えたそなたに妾から褒美をやろう。手を前に出せ。」 ミーナはエルに言われた通り、手を前に出した。 エルはミーナの掌を上に向けさせてからミーナの手を握りしめた。 握りしめた直後、お互いの掌から黄色い光が一瞬だけ放たれた。 「え、何?今の…」 「今、そなたに眠る魔力を解放した。そして妾の力も授けた。」 「私の魔力って、私にも魔力があるの!?」 「当然じゃ。この世界は魔法の世界。全員に魔力が備わってて当然じゃ。中には魔力を持って生まれなかったやつもおるが。そなた、イフリークにいた時と馬車の時に、一瞬だがその魔力が漏れ出た時があったぞ?」 言われてそんな事あったかなと首をかしげるが、よく思い出してみると偶に自分の体から力がみなぎってくる感覚があった事を思い出す。 「そなたが感じた力がみなぎってくる感覚はそなた自身の魔力じゃ。妾はその魔力をコントロールできるようにしてあげたのじゃ。さあ、戦える力は与えた。元の世界へ戻ってそなたも戦うのじゃ。」 「えっ…けど、どんな魔法なのかも分からないのに戦えって言われても…」 「それもそうじゃな。なら、仕方がない。」 エルは人差し指をミーナの額にトンと当てるとミーナはそのまま眠ってしまい、エルは倒れそうになるミーナの体を腕で支える。 「今回は妾が代わりに戦ってやる。そなたはここでゆっくり見物でもしておるのじゃ。」 そう言うとエルの周りの精神世界から元の世界に戻った。 元の世界は時間はあまり変わっておらず、エミル達が悪魔と戦っている最中だった。 「さて、久しぶりの現実世界。楽しませてもらうぞ。」 ミーナの体に憑依した状態でエルは体から光を発した。 「うっ!…」 その光は周囲全体に広がり、辺りで戦っていたエミル達と悪魔は一瞬目を閉じる。 閉じてから目を開けるまでわずか0.1秒。 エルの体は黄色い光に変わり、光は平安時代の貴族が着そうな羽衣に変わっていく。 「お嬢ちゃん、その姿は?」 「今は手が離せんのじゃ。後で聞く。」 そう言ってエルはその場から一瞬で離れ、次に現れたのはエミルの目の前だった。 「あんたは、ミーナ。…ダメ、下がってなさい!あんたが出ても勝てるわけ。」 「…よく見ておくんじゃぞ、ミーナ。この魔力の使い方を。」 エミルの忠告を無視するエル。次の瞬間、悪魔達がエルの方へ襲ってきた。 しかし、エルは慌てる様子などなく掌から黄色い光の球体を展開した。 そして、またミーナに解説しているかの様に口を開く。 「まず、この魔力には詠唱はいらん。この魔力には3つの特徴があるがまず一つ。"広範囲"に影響する光だ。」 すると光の球体から目も開けられない様な激しい光が周囲に放たれた。 その光によって、大量の悪魔達は体が粒子となっていき、再び再生しないまま消滅した。 「今放った光は敵と思った相手にしか作用しない消滅の光魔法だ。ただし、広範囲に影響する光は連続で3回までしか使えない。だから…。」 エルの手から光が発生し、剣に変形させていく。 エルは剣に変形させた光を片手に持った。 「この光は自身の想像力があれば変幻自在に操る事が出来る。今妾が手に持ってる剣のようにな。」 エルは自分の中に眠っているミーナに話しかけているのか、一つ一つ丁寧に説明していく。 すると、広範囲の光を浴びなかった他の悪魔がエルに再び襲い掛かってきたが、光の剣で対抗する。 光の剣は振るとライトセイバーの様に伸縮し、斬られた相手はその部分から徐々に消滅していく。 そして、剣を振った直後に補助作用として光が発生し、その光によって斬られていない近くにいた相手も消滅していく。 エルはそれを何度も繰り返し、更に悪魔を消滅させていく。 (凄い…私達があんなにも苦戦していたのにこうも簡単に…しかし、あれは本当にミーナなの?)」 先程まで苦戦していた悪魔達が簡単に消滅していくのを見て思うエミル。 エルは光の剣で悪魔達を切り裂いていき、残ったのは僅かな悪魔とジェイスだけだった。 「ば、馬鹿な…あれだけの悪魔をたった1人で…くそぉ!!こうなればあの手で…」 ジェイスが何かを始めようとする前にエルの着ている光の羽衣が更に輝き始めた。 「これで2つの特性を教えたぞ。"広範囲に及ぶ消滅の光"と"変幻自在に形作れる光"。そして、最後の特性。それは、超越した光…。」 そう言うと羽衣の輝きが収まり、普段見えないはずの日の光が羽衣の周りを覆っているのが見える。 エルを覆っている光は更に周囲にも影響し、太陽から放たれる日光も見えるようになると日光は羽衣へ吸収されていく。 まるで光の魔力を高めているかのようだった。 「最後の特性は、日光と月光。それぞれの光を吸収し、光の魔力を高める事が出来る"身体強化"じゃ。今は昼じゃから太陽…陽光の女神(ようこうのめがみ)じゃ。」 エルの羽衣は日光を吸収した事により羽衣は夕日の様な橙色に変化し、髪も金髪からそれに見合う橙色へと変化する。 そして、エルは掌に橙色に輝く光の魔力を一瞬で溜め、それをジェイス目掛けて放出する。 「ぐおぉお!!」 ジェイスは光の光線をもろに受けると日光の影響で体は燃焼していき、燃焼しながら消滅していくため再生出来なかった。 そして最後にエルは上空に巨大な橙色の光球を消滅していくジェイス目掛けて放ち、ジェイスは跡形もなく消え去った。 「すっ、凄え…あの悪魔達を…たった一瞬で…。」 「あれが、あのミーナちゃんなの?まるで別人…」 あまりの強さにエバルフとカレンは互いに口を開く。 「けど、本当に良かった…俺たちは…勝ったんだ。代償はデカかったけど、団長と紅の悪魔祓い無しで俺たちは…勝ったんだ。」 勝利はしたが、他の殺された人の事を思うと素直に喜ぶ事が出来なかった。 エバルフは浮かない表情で言うとその直後、国民達が歓声を挙げた。 「うぉおおおおお!!!!」 「よくやってくれたぞ!騎士団!俺たちを助けてくれて本当にありがとう!」 「お前らがいなかったら、被害はもっと大きかったはずだ!今まで役立たず扱いして本当に悪かった!」 「例え俺たちの国が無くなっても、イフリークの騎士団は俺たちの誇りだ!」 国民達も気づいた。今まで自分達が平和に過ごせていたのは、守ってくれる人達がいた事。 そして、今さっき悪魔達と命をかけて戦っていた姿を見て、今まで自分達の言ってた事がどれだけ自分勝手だった事なのか。 この場にいる人達は、守られた事で気づかされたのだ。 今までの様に助けられるのが当たり前だと思うのでなく、助けられたからこそ感謝する事を。 それが、命を張って戦ってくれる騎士団に対する恩返しに繋がる。 騎士団の人たちはこの光景を見て嬉しくて泣く人や照れて顔を隠したりしていた。 エミルはその光景を少し羨ましそうな表情で見ていたが、今気になるのはミーナの事だった。 突然使える様になった魔法。悪魔を一瞬で倒す程の強さ。そして何よりも、ミーナの雰囲気がいつもと全然違っていた。 まるで、別の人の様な。 エミルはミーナの近くまでゆっくりと足を運ぶ。 「…大丈夫なのか?」 ミーナはあの魔法を放ってから微動だにせず、その場に立った状態でいた。 そして、ミーナ…いや、雰囲気の違うミーナはゆっくりと口を開く。 「…まだ、この者では真の力は発揮できないか…妾は全てを伝えたから、後は自身で真の力に…」 そう言うとさっきまで着ていた光の羽衣が消えて普段の姿に戻るとミーナはその場に倒れてしまった。 「ミーナ!」 エミルは倒れたミーナを揺さぶるが意識を失っていた。 他の人達もミーナが心配で近くに寄って来た。 「何だよ~。そこの女倒れちまってるじゃん!」 すると、目の前に逆立った黒髪と鋭い目つきに赤と黒の派手なコートを着た男性が立っていた。 その男性は一見普通の人に見えるが、周囲に漂う魔力が異常に高く邪悪そのものだった。 「この魔力…さっきの悪魔と同じ…いや、明らかにレベルが違う!」 「ほう、さっきの悪魔ってのはジェイスの事か?成る程…どうやらあいつはお前らにやられちまった様だな。」 すると男はエミルの方を向いて言った。 「この中だったらお前が一番魔力が高いな。成る程、レヴィアタンが目をつけただけの事はある。」 「あんた、あの悪魔の事知ってるの?」 「あぁ、一応な。一応あいつは俺たちと同じく七つに分断されし悪魔の1人だからな。」 覚えているだろうか? その男は、あの元キュアリーハート。通称レッドヘルでPDOをイフリークに送る事を命じた男。 そう、イフリークをあの様な姿に変えた元凶の男。 「俺は七つに分断されし悪魔の1人。憤怒の悪魔・サタンだ!さぁ、そこにいる女をよこせ!」 サタンと名乗った悪魔はミーナを指差して言った。 「急に何言ってやがる!渡すわけないだろ!」 エバルフが割り込んで言うとサタンは笑いながら言った。 「いーや、お前らは渡す運命にあるぜ?何故なら、そいつを渡せばここにいる全員を助けてやる!だが、渡さなければここで全員死んでもらう!」 サタンの唐突過ぎる交渉に戸惑うが、確実に理解出来た事がある。 こいつと戦えば確実に死ぬ事。 それは、戦闘の経験のない一般の人達も本能的に分かっているのか誰一人口を開こうとしない。 何故なら、人は自分さえ生き残れれば良いという考えを少なからず持っているからだ。 それは心に余裕がある場合理性で何とかその心情を抑える事が出来る。 だが、圧倒的な力の前ではこんな交渉でも乗ってしまい自分だけでも助かりたいと、その様な考えに至ってしまう。 人間はこの様な場面になると高確率で本性を現す。 それが悪なのか、善なのか。誰かが責める事は決して出来ないのだ。ドグマに言われた通り朝の4時半に起きたグレンは、龍技の真髄の修行をする為にドグマの後ろに付いて歩いていた。早朝に起こされたにも関わらずグレンは眠そうな素振り1つ見せなかった。「初日で眠くはないのか?」「ああ。普段からあまり睡眠を取らない方だ。昨日はゆっくり出来た。」グレンは旅をしてる時もそうであるが、いつ自分の身に危険が起きても対処出来る様に熟睡は基本的にしない。その為、グレンにとっては明朝4時半と早い時間に起こされても睡眠時間的には十分であった。「…そうか。この程度なら生意気な口も普通に叩けるのか。よかろう、遠慮はいらんという事だな。」ドグマは余裕そうなグレンに対し、そう脅しをかける。「(そういえば、昔アガレフに修行を付けてもらう時も同じ様な事を言われたな。)」……思い出すだけでゾッとし、血の気が引いていくのが分かる。あの時は毎日失神するまでボコボコにされていたなぁ。アガレフの修行は本当にキツかった。「よし、着いたぞ。」真っ暗だった為、到着するまでどこを歩いているのか分からなかったが数十分後、ドグマが連れてきた場所は竜の遺跡にある川の上流の方だった。「川で修行するのか?」「そうだな。修行と言えば修行かな。足の裾を捲(まく)れ。今から川で魚を捕まえる。」そしてドグマはズボンの裾を膝上まで捲り上げると片足ずつ川に入っていく。そして川の真ん中辺りまで行くと水面の上で手掴みする様な構えをした。…バシャッ!素早く水面に手を突っ込み一瞬で掬(すく)い上げる。手のひらからはみ出そうな大きさの魚がドグマの手に捉えられ、捉えた魚を竹と藁で編んだ肩掛けの魚籠に入れる。そして再び魚を捕まえる構えに戻った。「…何してる?お前もやらんか。」「あ、ああ。」グレンもドグマと同じ様にズボンを膝上まで捲り上げて川に入ろうと右足を水につける。「うっ!……」あまりの冷たさに声が出てしまうグレン。朝方の気温の低い山奥の川の水。冷たくない訳が無い。「冷たいだろ?因みに魔法は一切使うなよ。修行にならんからな。」「…いや、魔法使わないと見えねえよ。」只でさえ冷た過ぎる水に慣れない中、真っ暗な時間帯で水中の魚が見えない。しかも道具は一切使わず難易度の高い手掴み漁。目を凝らして水面を見るが当然見える訳が無い。グレンは困惑してる中、隣でドグマは流れ
時は遡る事3日前。この日はカイル、エミル、ミーナが東の大国に到着したばかりの日であった。しかし、ここは北の大国と東の大国よりも更に北東部の奥にある場所。そこは一般の人が立ち入ると必ず道に迷うとされる竜爪の錯林(りゅうそうのさくりん)]と呼ばれる森林があった。その森林の中にある地面は深い裂け目や溝が幾筋も走り、獣道や細い道がそれに沿って複雑に分岐している。道はまるで生き物のように折れ曲がり、進んだはずの者を同じ場所へ戻し、方角の感覚を狂わせる。異常な磁場がコンパスの指針も狂わせる為、人の五感や魔力の流れを読めない人が立ち入れば一瞬で迷路へと変わる場所。この森林の中に1人の男が歩いていた。彼の名前は紅の悪魔祓い(デビルブレイカー)グレン。彼はレミールでミーナ達と合流したのだが、そこの国民に国を守る様に提案される。しかし、それを拒否したグレンは国民に危害を加えられた挙句、抵抗すると悪魔と言われて非難された。そしてグレンは自分のせいでミーナに危害が加わると考え、自ら1人になる道を選んだのだ。では何故彼が今この森林に居るのか?(おい、いい加減にしろ!いつまで歩き続けるつもりだ?もうかれこれ3日は歩いてるぞ?)グレンの中に居る悪魔、リフェル。本名強欲のマモンが話し掛ける。グレンはこの竜爪の錯林(りゅうそうのさくりん)に立ち入ってからかれこれ3日は経っていたのだ。「……この森、まるで生きてるみたいに場所が変化してる。ずっと同じところをグルグル回らされているみたいだ。」木々に囲まれて複雑に分岐した細い道を辿っていくも、いつの間にか元来た道に戻っている。更に元来た道をよく確認すると木々の形や生え方、地面の裂け目の形が少し違っていた。(何回この道来るんだよ!もう100回くらいこの光景見てるぞ!)「……いや、違う。よく見てみろ。この地面と木の並び方。少し違って見えないか?」(は?そんなもん覚えてる訳ないだろ!)「最初来た時はこの地面の裂け目は3本だった。だが今は2本。木も1本1本捻れてたのが真っ直ぐになってる。」(…長い事同じ光景を見て疲れてんのか?…いや、待てよ…グレン、何が言いたい?)何かに気付いたリフェルはグレンの考えを聞く事にした。「多分だが俺達が前に進めば進む程、木や道の形が変化して最初来た時と同じ光景を見せられる。けど、地面
悪魔に襲撃されたクレーアタウン。 アスモディウス達との戦闘により、平和だった町の殆どの建物は半壊している。 今すぐ普通の生活に戻れそうには無かった。 ゴウシが東の大国ノームに救助を要請したお陰で、大型のバスの様な魔力式四輪駆動車が到着。 その中から現れたのはノームの救護隊員達であった。 救護隊員達は生き残ったクレーアタウンの人達を誘導し、自分たちが乗ってきた四輪駆動車の中に乗せていく。 クレーアタウンが復興するまでは東の大国が責任を持って町の人達を守るつもりだった。 アガレフという父親を失ったミーナと、母親のリーナ。 リーナはまだ立ち直れず座りながら俯いていた。 無理もない。17年間、愛して待ち続けた夫が目の前で跡形もなく消えたのだ。 簡単に立ち直れる筈が無い。 そんなリーナの側にミーナはつき、一緒に横に座っていた。 一方カイルはエミルの隣に立ち、目の前にはライク、ニケル、フィナが順に並んで2人と対面していた。 「改めてお久しぶりね、カイル君。」 フィナはカイルを見て挨拶した。 さっきはミーナの父親の件もあり、互いにそれどころでは無く再会の挨拶をする間が無かった。 「まさか、フィナさんが2人と一緒に居たなんて知りませんでした。」 カイルはシルフで別れた筈のフィナが、月の民である元盗賊のライクとニケル。2人と行動を共にしてる事に驚いていた。 するとフィナはエミルの方に視線を移す。 「あなたがライクとニケルが言ってたエミルさんね。私はフィナ・プロミネンス。宜しくね。」 「こちらこそです。エミル・ウォーマリンと言います。……ライクとニケルも、久しぶりね。」 少しよそよそしく2人に言うエミル。 一応、ティラーデザートでエミルはライク達に「裏切り者扱い」されて離れる事になった。 当然エミルも言われて当然だと思っている。 カイルと戦ってくれた時は必死だった事もあって、あまり気にしていなかった。 しかし今になって冷静になると、どんな顔をして2人を見れば良いのかエミルは分からなかった。 そんなエミルの悩みを掻き消すかのように2人は笑いながら。 「エミルも、元気そうで何よりだよ。」 「けっ!何辛気くせー顔してんだよ!」 ニケルは笑顔でそう言うと隣のライクは頭に手を組みな
場面は変わりミーナに会わせて欲しいと訴えるリーナを抱えながら、フィナはライク達の後を追っていた。フィナの"陽"の力は短距離で時間をコントロールして戦うのに向いている為、ライク達に比べると遠くへ移動するのはそれ程速くは無かった。それでもフィナの足は早く、時間のコントロールによってミーナ達とは10kmほど離れていたが5分くらいで近くの地点まで辿り着いていた。「リーナさん!もうすぐですからね!」「ありがとうございます!」フィナが走っていると、少し離れた場所で巨大な光の爆発が起こったのが見えた。「あの爆発は一体…」「…ミーナ。」その時は丁度、アスモディウスに魔力操作"極"の力によって光の爆発を起こした時だった。目の前で起きた光の爆発を見たフィナとリーナ。リーナはフィナの背中に抱えられたままミーナの無事を祈り、そのまま彼女達の戦場へと近づいていく。バタッ。ミーナはうつ伏せのまま地面に倒れ、持っていた刀が右手から離れる。刀の刀身が地面に当たると、当たった部分から刀身がバラバラに崩れていった。魔力操作"極"で刀に膨大な魔力を込めた事で、刀に大きな負担が掛かっていたからだ。ミーナのその姿を見たアスモディウスは先程まで息を切らして焦っていたが、この光景を見るや急にニヤケ始めた。「ミーナァァァ!!!」「ミーナちゃん!」エミルとカイルは走りながら倒れたミーナの方へと走る。しかし、魔力も使い果たし体力の限界だったエミルは早く走れない。「クソ!俺も身体が痛くて動けねぇ!」「まずい!あのままじゃ、あの子が殺されてしまう!」ライクとニケルも同様、雷神と風神の反動とカイルから受けたダメージにより今は動ける状態では無い。辛うじて生きながらえたアスモディウスがミーナの1番近くに居た事で、ミーナは絶対絶命のピンチに陥っていた。「…あれぇ?もしかして、動けない感じ?私、ヤバいと思ったけど。」するとアスモディウスは指をパチンと鳴らした。死者蘇生で蘇った死者達を操る合図だ。ミーナの消滅の光はアスモディウスのみを対象にしていた為、死者達はそのまま残っていた。「勝負では私に勝ってたのに、なんとまあ……残念だったね!小娘がぁ!戦場で気絶する方が悪いんだよ!恨むなら、自分の間抜けさを恨みなさい!」「おい、役立たずの屍(しかばね)共!この小娘をグチャグチャにし
するとベルゼバブが出てきた方とは逆の奥の方から別の足音が聞こえてくる。あの時は魔法が使えなかったから分からなかったけど、ただならぬ魔力を感じる。しかし、悪魔の様な不気味な魔力では無い。温かみのある優しい光の様な魔力。その魔力を持った人…人では無いが、ミーナとベルゼバブが居る方へ歩いてきた。「久しいのう。ミーナ。」その姿は以前ミーナと精神世界で対面した時に見せた、ミーナと全く同じ姿の状態のエル(ミカエル)が暗闇から現れた。「あなたはエル…」「な、何で!?何で君が居るの?大天使・ミカエル!」ベルゼバブはミーナの姿をしたミカエルを見て驚きを隠せなかった。普段無邪気に相手を挑発したりするベルゼバブが焦りを感じている。悪魔にとって天使という存在は、嫌悪を抱くと同時に恐怖の対象でもあった。ベルゼバブに視線を移すミカエル。「そなたはベルゼバブ。妾はこのミーナと共存してるのじゃ。…この姿じゃ、ややこしいな。」そう言うとミーナの姿をしたミカエルは変化していく。そしてミカエルは姿を見せた。白銀の長い髪を風に揺らし、透き通る青い瞳で静かに微笑む天使の翼の女性。白を基調とした和の装いには淡い金の煌めきが散り、腰紐と房飾りが上品に揺れる。大きな白い翼を広げたその姿は、神域の気配そのものだった。「それが本当のエルの姿…本当に天使みたいだ…」ミーナは天使の姿のミカエルに驚いていたが、その神々しい姿に見惚れいた。「天使みたいでは無い。妾は天使なのじゃ。」ニコリと微笑みながらミカエルは言った。柔らかいその表情と立ち姿はその名の通り天使と呼ぶに相応しく、一つ一つの言葉や所作が周囲をまるで温かく包み込むかの様である。その温もりは暗闇の精神世界が天国の様に思える程だ。「大天使がミーナの中に居たなんて…まさかとは思うけど、君の力を彼女に貸し与えてたりしないよね?」「妾の"恩恵"の力か?ええ、そうじゃ。妾の力を与えた事でミーナは力を使えるぞ。」何てこった…と言わんばかりの顔をしながらベルゼバブは手を頭に抱えた。何故ベルゼバブが頭を抱えてるのか分からないミーナ。「え、何か不都合な事でもあるの?」「不都合といえば、不都合かな…天使は僕達悪魔の魔力を凌駕するからね。何も対策しなければ、悪魔は天使によって一瞬で消されてしまう。」ベルゼバブの言う通り、一度
ミーナ達3人が戦っていたその頃。東の大国で元八握剣(やつかのつるぎ)であったギンジはミーナの母であるリーナを連れながら、他にも生き残ってるであろうクレーアタウンの市民を探していた。生き残っていた市民は結構居た為、全員助けに来てくれたギンジの後ろをゾロゾロと歩いて着いて行く。そんな中で思わぬ人物に出会った。その人はギンジにとってあまり会いたく無い人物。「ギンジ!お前、こっちに来てたのか!?」の太く低い声の主である彼の名前はゴウシ。八握剣(やつかのつるぎ)の土刃(どじん)と呼ばれる男である。見た目年齢が30代後半は過ぎてるであろうゴウシは、ベリーショートの茶髪に整えられた茶髭。八握剣のバンジョウやスイゲツと同じ侍の様な服装をしているが、体型はガタイが良いと言うよりも巨漢に近かった。丸太の様に太い腕に、武器は刀では無く斧を背中に担いでいた。「ゴウシ…そういえばスイゲツの奴が言ってたな。」ギンジはゴウシの事を嫌そうな目で見ながら東の大国ノームでスイゲツが言っていた事を思い出した。「はい!先程八握剣の土刃、ゴウシ様から連絡がありまして。最近東の近隣の国が悪魔に襲撃されているとの事です!」スイゲツがあの道場で報告した内容の発信源は確かゴウシであった。市民を助ける為の人手が足りない現状ではとても頼りになる存在であるが、国を出るつもりのギンジにとっては不都合でしか無かった。どうせこいつも八握剣(やつかのつるぎ)に戻れって言うに違いない。「お前が居てくれて良かった!ギンジ、俺もこの町の人達を助けたい!だから協力させてくれ!」しかし、ゴウシから出てきた発言はギンジの予想とは違っていた。「何だ、俺の事を引き留めようとしないのか?」「いや、今はそんな場合ではないだろう?そりゃ、お前には戻ってきて欲しいが、それよりも先に今はやるべき事があるだろ。」ゴウシは八握剣の中でも正義感が人一倍強く、真っ直ぐな性格であった。その正義感に加えて人々の為に今自分に何が出来るのか、常に考えて行動出来る人である。しかし、不可解な事が一つあった。「確かゴウシが居る場所はここよりも数km離れていた場所だ。どうやってここまで来た?」高速移動や転移魔法を使えないゴウシには一瞬でここまで来る移動手段が無かった筈だ。ーーどうやってここまで来た?こいつはこの町には居ないと思